③死の間際に見える風景『命売ります』三島由紀夫著

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死ぬことに失敗した男、羽仁男(はにお)は

命を売ることにしたが

逆に

自分の命を売った依頼人の方が

死んでしまうという結果になって

しまう。

そして、次の購入希望者は

薫という男子高校生で

母親を

慰めてあげてほしいという

依頼でした。

母親の恋人になるのに

なぜ命をかけることになるのでしょう。

お母さんは吸血鬼

何故かわかるか?

僕のおふくろは特別な女なんだよ。

彼女はね、吸血鬼なんだ

『命売ります』三島由紀夫著

何故だかわかりました。

お母さんは吸血鬼なので

血を吸わせてあげて欲しいと

いうことなのです。

親父が死んでから可哀想に

性的不満がある

母親であったが息子に遠慮して

我慢しているのが不憫になったと

いうことのようです。

羽仁男も

最初は意味がわからなかった

「今度は死ねそうだ」と思い

引き受けるのです。

いつも自分はこうやって、

なんか起きるのを待っている。

それはまるで「生きること」に

似ているではないか。

(中略)

みんな最新型の背広を着て、

手の汚れない仕事をしていた

毎日の方が、

はるかに死んでいたではないか。

今、死ぬと決めた人間が

たとえ死そのものをにせよ、

未来に何かを期待してブランデーを

ちびちびやっている姿は

何かおかしな矛盾を犯しては

いないだろうか?

『命売ります』三島由紀夫著

少年の家に通された羽仁男は

どんな母親が現れるか

ブランデーを飲みながら待っている

場面なのです。

少年の母親は支度に時間がかかって

なかなか現れないし

少年も気をきかせていなくなって

しまう。

時間を持て余して想像を膨らませる。

こんなこと「生きている」以外の

何ものでもないと羽仁男も私も

感じています。

大きな矛盾を犯しているのです。

「だから、僕は今夜ここへ来たんですよ!

 命なんか捨てる気でいるんですよ。

 とっくに!」

『命売ります』三島由紀夫著

やっと現れた夫人は

回りくどい話ばかりし

挙げ句の果てに、

献血をしたことがないと羽仁男が

いうと

男なら、命を捨てても可哀想な人を

救うべきじゃないかと

嗜められたので

苛立ちのあまり、羽仁男は

夫人に

自分はここに何しにきたか

ぶちまけるのです。

しかし、

夫人の例え貧血でフラフラでも

会ってそうそう

「吸血させて下さい」と

いうわけにはいかないし

仮にも交わる人に節操のないと

思われたくないという

夫人の人柄が伺えます。

「いつまでも羽仁男さんに生きてほしい

 という気持がするんだけど、

 おふくろも

 内心きっとそう思っているに

 ちがいないけれど…

 でも、おふくろはますます

 羽仁男さんを好きになってるから

 きっと近いうちに君を殺すよ。」

『命売ります』三島由紀夫著

夫人はまずは腕から吸血し

毎夜毎夜血を吸い続けます。

夫人は人体の動脈静脈の血管図を

広げて研究している所を

見かけると

承知して暮らしていても

ゾッとしてしまっています。

美味しいと

喜んで吸血している夫人と

母親が元気になって喜んでいる

息子を見ながら

夕食を食べたり、テレビを見たり

していると

これこそ自分が求めていた

理想の家族像だと思ってしまって

思わずホロリとしてしまう。

そんな充実した生活を送っていた

羽仁男は以前はゴキブリが行列して

いるようにしか見えなかった

新聞が普通に目を通せるように

なっていました。

本格的に人間らしい感覚が

戻ってきつつあるようです。

しかし、

夫人は

生き生き活気に満ちていますが

羽仁男は病人のようになっています。

自分は永いことがないのだと

知って、

不安になるよりも

すべてが億劫になった。

それでいて恐怖も、生きたいと

いう意欲も

一向湧き起こってこないのが

ふしぎだった。

日に日に、眠たく、だるく。

少しずつ近づいて来る春と共に

そのまま新らしい季節の中へ

溶け込んで

消えてしまいそうだった。

『命売ります』三島由紀夫著

羽仁男はだんだんリアルな世界に

引き戻されつつあったのですが

その命は

もう風前の灯となっています。

何か穏やかで細かいことが

考えられない脱力した様子ですが

「死にたい」と

神経を研ぎ澄ませていた頃より

死がもうすくそこまで

近ずいた今、

心の平穏が訪れつつあるかの

ようです。

羽仁男は、何だか人生で、

はじめて人のまごころに

行き会ったような気がして、

目を閉じた。

瞼が病的にピクピク動いていた。

『命売ります』三島由紀夫著

もう、あなたの血は飽きたので

動脈から吸血にて

最後にしたいと言われた羽仁男。

そして夫人は

その後、この家に

火をつけて焼きはらい

自分も焼け死ぬというのです。

羽仁男は

夫人が決して自分だけが

生き残るために

彼を“餌“として見ていたのではないと

わかると

初めて人の愛に触れたがしたのです。

なんの抵抗もせず、

死ぬまで吸血されている

羽仁男の様子に夫人も絆されたに

違いありません。

普通だったらたとえ

艶かしい夫人であったにしても

一時は付き合えても

死ぬ間際まで寄り添うことは

できないでしょう。

死ぬ気で愛されることなんて

生涯誰でも経験できるものでは

ないのです。

『僕は生活を本当に愛したことが

 一度でもあったかしら』

『命売ります』三島由紀夫著

夫人が最後に思い出の散歩に

誘います。

もう散歩をするのもフラフラだったので

ひと思いに動脈をひらいて

欲しいと思っていた羽仁男

なのですが

この散歩で見る夕景が最後だと

思うと、

満更ではありませんでした。

自分の煩わしさと比較して

自然はとても美しいと

感じていました。

そして、散歩から帰って

最後の吸血をされることなく

散歩の途中で衝撃と共に

意識がなくなり、気がついたら

病院のベットに寝ていました。

死の間際での美しい景色を

満喫した後の出来事です。

羽仁男はそれをきいて、

自分の目から涙が湧き出るのを

訝かしく思った。

人の死ぬのを悲しいなどと

思ったことがない自分が!

『命売ります』三島由紀夫著

母親に焼死体に追い縋って泣いた

息子の様子をきいて

泣いてしまいました。

夫人は一人で死んでしまったのです。

夫人は日々弱っていく羽仁男に

かえって生への執着を見たのかも

しれません。

男の血を啜りながら

生きてきた夫人こそ

「死」の訪れを待っていたのかも

しれません。

この少年と夫人との“商談“が

羽仁男を少しずつ元の世界に

引き戻していったのかもしれません。

三度目の依頼でも死ねず

またも

依頼人が死んでしまいました。

羽仁男はこのまま死なずに

すむのでしょうか?

お話はまだ続きます。

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