【非行】左右がわからない『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治著

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タイトルにもあるように

「ケーキの切り方」と「非行」が

どう関係しているのかと思いながら

本書を手に取り、読んだのですが

非行に走った少年(少女)には

そこに至るまでに

“ケーキの切り方“をはじめ

ある程度、共通した特徴があると

著者は本書で言っています。

その内の

“身体的不器用さ“の中に

「左右がわからない」ということを

取り上げていました。

それについて紹介します。

身体的が不器用だったらどうなるのか?

非行少年の中には

身体の使い方が極端に奇妙で

不器用な少年たちが目につくと

少年院で数々の非行少年をみている

医師の著者は言っています。

例えば

野球でタッチボールをしていても

目的の相手ではなく、

違う隣の人に投げてみたり

トイレで便器の外ばかりに

小便してトイレを汚したり

わざとやってるように見えるような

おかしな行動をしてみたり

社会でも

皿を割りすぎて皿洗いのバイトを

クビになったり

建築現場では親方に危ないと

怒鳴られてばかりで

嫌になってやめてしまったり

じゃれあっただけの相手に

怪我をさせたりという傷害罪に

問われることまで

こうゆう

「身体的不器用さ」ゆえに

仕事が続けられなかったり

事件になったりとするケースが

多いと

著者は感じているそうです。

また、認知機能の弱さも伴って

いることが多く

サービス業につくことができず

肉体労働につくことが多いために

この身体の使い方が不器用であることが

仕事が続かないことにも

繋がり

生活の不安定さから

非行に走ってしまうことになって

いるというのです。

発達性協調運動症とは

身体的な不器用さは

「発達性協調運動症」といった

疾患概念があるそうです。

これは別々の動作を一つにまとめる

運動で

例えば、皿を洗う時

皿が落ちないように

一方の手で皿を掴み、

もう一方の手でスポンジを握って

皿を擦るという、

2本の手が別々の動作を同時に

行うという

実は高度な協力が必要なことなのです。

これを「協調運動」と言っています。

身体的不器用であるということは

この協調運動に障害があると

言われ、

6〜11歳の子供で約6%いると

されています。

これらは

単に「スポーツが苦手」という

レベルではなく

身辺自立や創作活動などにも

支障をきたすこともあるのです。

これらは

成長と共に軽減していくと

従来では思われていましたが

青年期になっても続いていることが

報告されるようになっているそうです。

他者から指摘を受けやすいことの問題点

しかも

身体的な不器用さは

内面的なことよりも

他者に知られることが多く

そのことで

揶揄されたり、指摘されたりすると

ことで

自信を喪失したり

いじめの対象になったりする

可能性が生じることになります。

特に

発達障害、知的障害を持つ子供たちは

身体的不器用さを持っていることが

多く

医療少年院の子供たちも

その例外ではないと

著者は言っています。

身体的器用さの特徴と背景

その特徴として例えば次のことが挙げられます。

“力加減ができない“

“物をよく壊す“

これらは

車の運転でいうなら

どのくらいアクセルを踏めば

どのぐらいスピードが出るか

ハンドルをどのくらい回せば

車がどのくらい回るのかと言ったことが

わからないという状況に似ています。

左右が分からない

これも自分のボディイメージがうまく

できていないことの一つで

“左右の分からない“人は

相手の真似をするのが苦手だそうです。

左右がわからないとなると

「右手を挙げて」と言われても

どちらを挙げて良いかわからない

というだけではなく

例えば、

先生が黙って右手を挙げて

「これの真似をして」と言われても

すぐに右手を挙げることが

できないようなことも含みます。

相手のボディイメージを

自分にうまく置き換えられないと

左右がわかっていると言えないのです。

そのほか、

“姿勢が悪い“

“じっとしてられない“などもあり

これらは身体の筋肉の調整機能に

問題がある場合

筋肉の緊張と柔軟性に欠け

姿勢を保つことができず

そのことから

“じっとしてられない“という

状況になっていくのです。

じっとしていられないと

指先の細かい作業もできず

手先はますます不器用になっていきます。

非行に走ってしまう少年の背景を

考えるにあたって

学習面や社会面がよく

クローズアップされますが

じっとしてられない身体的な不都合が

ある場合、学習もままならず

力加減もわからなければ

対人関係のも影響が出てしまう

ことにもつながるということなのです。

著者はこれらの少年たちの更生の

援助として

この「身体的不器用さ」にも

注目する必要があると本書で

言っています。

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