【感想】対照的な祖国愛 李陵と蘇武『李陵』中島敦著

山月記李陵
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『山月記』などで知られる中島敦の作品で

著者の死後、有名になった作品で

中国前漢時代(紀元前150年ごろ)の

武帝からその次の昭帝の時代の

匈奴との戦いの中

捕虜になった漢の騎都尉(武将)の

「李陵」を中心として

歴史書『史記』の著者、司馬遷と

武将 蘇武を主要人物として

書かれた短編小説です。

同じ武将でも対照的な二人を

登場させてドラマチックに仕立て

司馬遷という圧倒的な

知識人によって引き締められた

小説になっています。

李陵は帰らない

騎都尉という官名を与えられ

名誉ある武将として武帝の命で

匈奴を撃つため

戦地に赴きますが

大軍の匈奴に大敗し捕虜として

捉えられます。

それでも、

チャンスあらば首長の単于を狙っていた

李陵ですが

先に匈奴に寝返っていた“李緒“と

間違われて武帝に報告され

それに激怒した武帝は

李陵の家族を皆殺しにしました。

このことに激怒した李陵は

匈奴に加わり

漢以外との戦いでは匈奴のために

貢献し厚遇を受けます。

それと紛らわしかった

“李緒“だって許しません。

一言も言わぬ、一言も言わせぬ。

唯の一刺しで李緒は斃れた。

李陵 中島敦

家族を殺された話を聞いた時

李家が受けた

過去の冷遇を思い出しています。

父の代わりに育ててくれた

祖父の李広に対しても活躍してながらも

恩賞も与えられず、

終始清貧に甘んじており

最終的には辱めを受け自害している。

叔父の李敢の時は狩りの時に

射殺されたのに

武帝は

「鹿の角に触れて死んだ」と発表した

ことなども思い出し

今回に限ったことじゃないと

武帝に対しての忠誠心が今回で

脆く崩れてしまいます。

司馬遷の場合と違って

李陵の方は簡単であった。

憤怒が凡てであった。

李陵 中島敦

逆に単于は李陵が好戦したことによって

匈奴の軍隊が何千と奪われた

にも関わらず捕らえても

殺さず自分の能力をかって厚遇して

くれています。

ママ
ママ

そりゃ簡単に寝返りますよね。

曾て先代の且鞮侯単于の言った言葉を

李陵は憶えている。

漢の人間が二言目には、

己の国を礼儀の国といい、

匈奴の行を以て禽獣に近いと

見做すことを難じて、

単于は言った。

漢人のいう礼儀とは何ぞ?

醜いことを表面だけ美しく飾り立てる

虚飾の謂ではないか。

利を好み人を嫉むこと、

漢人と胡人と何れか甚しき?

色に耽り財を貪ること、又

何れか甚しき?

表べを剥ぎ去れば

畢竟何等の違いはないはずだ、と

李陵 中島敦

この単于の話を聞いて

言い返せない思いがあった。

武人の自分も面倒くさがった

挨拶も多かったし

そうゆう面では

匈奴の人たちのような粗野だけど

正直な方が

美名に隠れた漢人の陰険な感じより

好ましいと李陵も考え、

胡人を頭から卑しいと思うのは

偏見だったと思うようになります。

この辺りから、祖国(漢)に対しての

望郷の気持ちが薄れていると感じます。

そして、李陵は

のちに

武帝が亡くなり漢から使者が来ても

一緒には帰りませんでした。

蘇武は漢に帰る

蘇武は漢の武将ですが

李陵が匈奴に降る一年前に

漢から平和の使者として

匈奴にやってきたのですが

一緒にやってきた使者が

匈奴に降った漢人がまた漢に戻るのを

手伝ったため

単于に問い詰められ自殺を図った

けれど、手当の甲斐あって

命は助かった。

単于は蘇武を帰順させようとしたが

これを拒み、部下の常恵とともに

抑留される。

李陵が悶々と余生を胡地でと

決心している頃

蘇武は穴倉に飲食物も無く捨て置かれた。

その後蘇武が窖の中に

幽閉された時旋毛を雪に和して

喰い以て飢を凌いだ話や

ついに北海のほとりの人無き所に

徒されて牡羊が乳を出さば

帰ることを許さんと言われた話は

時節十九年の彼の名とともに

余りにも有名だから

ここには述べない。

李陵 中島敦

李陵とは対照的に

とにかく、ネズミを食べたり

飼っていた羊が盗まれたりなど

数々のサバイバル生活を強いられても

決して、

匈奴に寝返り施しを受けることなく

十九年間抑留生活に耐えます。

その間、

単于から蘇武の安否の確認と

降伏を説得してほしいと

頼まれた李陵は

渋々会いに行くと

そのすざましい姿に圧倒され

感動を覚え、李陵は

それから蘇武を

そっと援助し続けることになります。

ママ
ママ

蘇武の愛国心はすごいですね。

李陵が蘇武に武帝の死を知らせにいくと

蘇武は号哭します。

血も吐く🩸ほどです。😭

ママ
ママ

純粋だよね。心、動かされるね。

蘇武は家族皆殺しの目には

合っていないけど

兄や弟はいちゃもんつけられて

両方自害させらてるし

妻には蘇武が死んでしまったと

思われて子供を捨てて

他家に嫁いでいかれています。

それを知った上で

今目の前に

蘇武の純粋な痛哭を見ている中に

以前には唯蘇武の強烈な意地とのみ

見えたものの底に

実は、譬えようも無く清冽な

純粋な漢の国土への

愛情が湛えられていることを

李陵は発見した。

李陵 中島敦

このことで、李陵は自分に対して

疑問を抱くようになります。

「自分のやってきたことは正しいのか?」

という感じでしょうか…

少し、蘇武が羨ましいと思うように

なってきているのかもしれません。

今でも己の過去を決して非なりとは

思わないけれども、

尚ここに蘇武という男があって

無理ではなかった筈の

己の過去をも恥ずかしく思わせる事を

堂々とやってのけ、しかも、

その跡が今や天下に顕彰されることに

なったという事実は

何としても李陵にはこたえた。

胸をかきむしられるような

女々しい己の気持ちが

羨望ではないかと、

李陵は極度に惧れた。

李陵 中嶋敦

それでも蘇武を迎えにきた

使者に「一緒に帰ろう」と言われても

首を横にふった李陵でしたが

蘇武を送り出す宴に歌った声は

震えて、涙が頬を伝いました。

女々しいとは思いながら…

蘇武は十九年ぶりに祖国へ

帰っていきました。

感想・まとめ

読み始めた時は

それほど良いとは思わず

読んでいましたが

この二人の対照的な武将は

どちらも他方を際立たせるに

相応しいキャラクターで読んでいて

楽しかったです。

同じように祖国に邪険に扱われても

片や祖国を捨て、他方は祖国に帰る

この違いは何なのでしょう。

李陵は感情的に祖国を捨てたように

思えますが

結果的には匈奴から厚遇を受け

利益を得ているところは理性的と

言えますし

蘇武は何があっても祖国に

忠誠を誓うところは理性的ですが

十九年もの抑留に耐え

武帝の死に号哭するのは

感情的でもあります。

何に忠誠を誓うかはそれぞれであると

いうことでしょうか。

李陵も誰もいない祖国ですが

帰ってみたかったかもしれませんね。😭

このような

“祖国“への思いが揺れ動いていた

戦争末期にはこの小説はマッチして

人々の心を惹きつけ

著者の代表作となった所以でしょうか…

李陵
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