【感想】①命を救うことを諦めてしまった医師たち『海と毒薬』遠藤周作著

海と毒薬海と毒薬
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医者になるということは

“人の命を救いたい“という

志を持って志願するのが

当たり前のことなのに

本書で書かれた戦時中では

たった一人の自分の患者も

救うことができないところまで

追い込まれていた時代だったのです。

病気にならなくても空襲や戦闘で、

病気になっても物資もなく

技術もなく滋養もない状態で

人が次々死んでしまう。

当時の医師たちが

“命を救う“ために存在している

いるにもかかわらずそれができない

ことにどれほど落胆し

意欲を奪われていったか

そうなった医師たちがとった行動とは

一体どんなことだったのか

考えたいと思います。

第一章・あらすじ

郊外に引っ越しを済ませた夫婦。

夫は結核を患い治療中、妻は妊娠中。

地元の病院、勝呂医師を訪ねたが

無愛想だったため、どうしたものかと

思案しながら地元の風呂屋に行くと

腕に傷のある男と話をする。

この辺りの商店を営んでいる

普通に暮らしている人たちも

戦時中は兵として戦地に行き

人を殺めた経験があることを知る。

風呂屋で勧められた勝呂医師に

再度診てもらうこととなり

覇気のない見た目とは違う

手技の凄さに興味を抱く。

妊娠した妻の代わりに義妹の

結婚式のためF市へ行くことになる。

そこで、偶然勝呂医師のことを知る。

この医師は戦争末期にF市の大学病院

(実際は九州大学附属病院)で

実際に起こった米軍捕虜に対する

残虐行為に参加した医師で

助手であった彼は他の医師よりは

軽かったが実刑が下った医師であった。

みんなが死んでいく世の中

勝呂は戦争末期当時F市の大学病院に

研究生として務めていた。

彼は一人の結核患者の女性を担当する。

その女性は、もう半年ほどしか持たず

教授たちには匙を投げられていた。

勝呂はその受け持ち患者を

“初めての患者“とし

死なせなくなかった。

しかし、衰弱する一方で死ぬのを

待つばかりの“おばはん“は

教授から提案された“実験的な手術“を

承諾してしまう。

(勝呂)

「ひよっとしたら助かると思うてな」

(同僚)

「助かるもんか」戸田は突然やりきれないと

言ったように声をあげた。

「変な感傷はよせや。

 一人だけ助けても、どうなるんねん。

 大部屋にも個室にもダメな奴は

 ごろごろしているやないか。

 なぜ、おばはんだけに執着するんや」

海と毒薬 遠藤周作

勝呂は同僚にこの時代の壮絶さを

諭していきます。

(戸田)

「病院で死なん奴は、

 毎晩、空襲で死ぬんや。

 おばはん一人、憐れんでいたって

 どうしょうもならへんね。

 それよりも肺結核をなおす

 新方法を考えるべし」

海と毒薬 遠藤周作

勝呂にとって今の医療は

患者を“実験台“か“出世の道具“の

ように扱っているように

感じてしまっている。

この憐憫な感情に対して戸田に

「役に立たないもの」

「害になるもの」

と切り捨てられる。

さらに、理想とかけ離れた

現状に失望している勝呂に

戸田は言います。

「当然の話や。空襲で死んでも

 おばはんはせいぜい那珂川に

骨を投げこまれるだけやろ。

 だがオペで殺されるなら

 ほんまに医学の生徒の生柱や。

 おばはんもやがては沢山の

 両肺空洞患者を救う路を拓くと

 思えばもって瞑すべしやないか」

海と毒薬 遠藤周作

このように現代の医師が思って

いるならゾッとする話ですが

ある側面そうゆう部分も

現在でもあるのかもしれません。

“医療の発展“のためと割り切るのが

医師なのだとすれば

よほど、強靭なメンタルの持ち主か

感受性がなくなるほど狂った

状況なのかもしれません。

勝呂はこの時代の医師として

生きていくには

人間らしすぎたのかもしれません。

海を眺める

もう医師としての機能を

果たさなくなっている病院で

勝呂は仕事の合間に屋上で

海を眺める。

この時はいろんなことを忘れ

自分の描いていた理想の人生を

思い描いてたり、詩を口ずさんだり

しながら碧く光る海を見ていた。

この時だけは

勝呂が人間らしさを取り戻せる

唯一の平和なひとときだったのでしょう。

勝呂自身の中の本来持っていた

憧れや正義感、使命感を表現するには

著者にとって本書の舞台と

なっている九州大学附属病院から

見える“碧く光る海“の設定は打ってつけだった

のかもしれません。

その海も時には陰鬱に黝んで見える

こともあるということも

表現されています。

執着はすべて迷いから

このようにだんだん医師としての

志が荒んでいく中

出世を目論む教授のセレブ夫人の

オペの失敗と隠蔽。

そのことで“おばはん“は「実験台」に

なることは逃れるが亡くなってしまう。

教授が失敗を巻き返すために

米軍捕虜の生体実験を軍の依頼で

行うことにする。

自分がなぜあのおばはんだけに

長い間、執着したのだろうと

勝呂は考えた。

彼は今、

それが初めてわかったような気がする。

あれは戸田の言うように

みんなが死んでいく世の中で

俺がたった一つ死なすまいとした

ものなのだ。

俺の初めての患者。

雨にぬれて木の箱につめられて

運ばれていく。

勝呂はもう今日から戦争も日本も

自分も、凡てがなるようになるがいい

と思った。

海と毒薬 遠藤周作

もうどうしょうもない無力感で

自暴自棄になってしまった勝呂。

医師としてこれがどれほど危険な状態か

思い知らされることになるのです。

それは、米軍捕虜の生体実験に

参加することになるからです。

勝呂はこのことで

有罪になるだけではなく、

たった一人の患者でも助けたいと

願っていたあの尊い精神をもつ

自分の理想としていた医者には

二度と戻れなくなくなるのです。

あの碧く光る広大な海に

“毒薬“が投げ入れられたのです。

まとめます

実際にあった戦争末期に行われた

米軍捕虜の生体解剖(九州大学医学部)で

当時これに携わった医師たちは

“無差別爆撃をした捕虜“

“軍から依頼“

“戦争医学にどうしても必要“

“どうせ銃撃されるべき兵士たち“

などいろいろ正当化しながら

行ったが

その後、裁判では有罪となる。

その事実を知った現在の気胸の患者は

怖くなって思わず

“麻酔をしてください“と言ってしまう。

麻酔は本人も必要ないと

わかっているのに…

その時の勝呂が後悔の独り言を

呟いている様子から

次の章が用意されている。

また読み進めたいと思います。

海と毒薬
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