【霊魂】生と死の境目はどこなのか? 人は死なない 矢作直樹著

人は死なない人は死なない
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もちろん人はこの世を去る時がきます。

病院に行ったからといって

必ず助かるとは限らない。

医療というものも万全ではない。

医者である著者は

日々人の生死に触れている中で

力及ばず

命を救えなかった人たちについて、

もうこれで何もなくなってしまうのか?

と考えた時

著者は「そうではない」と

本書で語っています。

「人は死なない」とは

どうゆうことなのでしょうか?

わからない事だらけの現代医療

私たちは病気になれば病院へ行き

治療を受ける事で

命は助かると信じている。

しかし、現代医学は私たちが思って

いるほど万能ではなく

未知なことがほとんどなのだと

著者は言っています。

実際、治療していて

急変して亡くなる人もいれば、

なぜか生きながらえる人もいる。

その差もはっきりわからないことも

ある。

この「個人差」を補うことが

容易ではないのが今の医療の

現状なのです。

代替医療

現代医学の限界に対して

それを補うものとして著者は

代替医療を上げています。

患者さんの心の持ち様

「病は気から」とよく言いますが

英国や米国などは代替医療を専門に

研究する

代替事務局、代替医療センターなどがあり

鍼、アロマ、アユルベータ、カイロプラクティス

サプリメント、電磁気、ホメオパシー

マッサージ、心理療法、瞑想、気功

レイキ、ヨガ、イメージ療法

生体自己制御、祈りなども

治療に取り入れています。

そして何より患者さん自身の

心の持ち様が重要だと

著者は言っています。

気功

代替治療の中でも“気功“には

気を送られる側が自動的に動かされる

「何か」を受け取り

その「何か」に感応して自分自身が

動いている体験をするという

可視化できる現象なので

確かに「ある」と言えるものですが

それでも

その「何か」はわからないのです。

しかし、このわからない「何か」が

自然科学の中の医療の限界を

補っているというのは

確かだと言っています。

宗教

死者を祀ることにおいて

習慣が密接に関わっている。

これは“生“にも関係し

「お天道様はお見通しだ」みたいに

生きている者を戒めたりもする。

これは今世限りと思っていたら

生きている間、

好き放題して暮らして

死んでしまったらおしまい!で

いいのですが

死んだら地獄に落ちるとか

天国へ行きたいなど考えることは

死後も他界で肉体は

離れても生き続けると信じている

証拠なのです。

この様に

「人はなぜ生まれて死ぬのか?」

「死後の世界はあるのだろうか」と

みんなが一回でも考えたことのある

これらは

「宗教の信仰」によるものが大きいと

著者は言っています。

亡くなった母との再会

著者自身が体験したで

亡くなった母親が会いにきていると

霊能力が強い知人に告白され

「交霊」によってその知人に

母親を降霊させて話をしたところ

母親は息子が死に目に会えなかった

ことを後悔して自責の念に

駆られているのを

かわいそうに思い霊として

降りてきたと言われた時

著者は「人は死なないのでは」と

感じたのです。

本書にはこのほかに

著名な科学者たちが臨死体験、体外離脱など

常識では考えられない

現象の事例を研究していることも

本書に載せています。

著者自身の体験や

他の人の生と死の狭間の体験を聞くにつれ

人が「死む」とは何かを考える様に

なったのです。

宗教とは違う近代スピリチュアル

「霊魂」「霊的現象」などの

超越した存在について本書では

語られています。

宗教との違いは

「スピリチュアル」とは霊魂の存在を

大切にするところは共通だが

宗教の様に装飾的儀式や排他的傾向は

なく、

オープンな人々への救済であると

著者は言っています。

それぞれの説明として

生死に関わらず肉体から離れても

存続する存在を仮に「真体」と呼びます。

(真体は、肉体と全く同じサイズ

スタイル、個性を持っているが

電磁波のように肉眼では

見えないとされている)

そして、肉体をまとっている

(生きている)真体を「魂」

肉体を脱ぎ去った

(他界した)真体を

「霊」と呼びます。

人は死なない 矢作直樹著

これが霊魂と体の概念であると

言っています。

人は死なない

科学とは仮説を立てデータから

“普遍的“な原則を見つけ出すもの

ですが

現実の臨床現場では“普遍性“を

見出すまでには至らず

個別が目立つことが少なくないと

著者は言っています。

どんな、科学者が集まっている現場でも

常識では考えらない体験を目の当たりにし

その超常現象を無視するわけには

いかない状況があるということを

著名な科学者が熱心にその「心霊現象」ついて

研究していることからも

その存在を理解できるように

なったと著者は言っています。

科学がまだ未発達だった時代には

宗教や霊的現象など自分たちを

取り巻く自然に対して

畏怖と畏敬の念を抱き、人々は

神(摂理)と霊魂を不離の存在として

感受していました。

現代科学の発展が目覚ましい中

このような古来の考え方が

薄れてきて

すべてのことが証明でき

人の命も我がものに

できたかのように見える

現代医療においても

まだまだ、人の“見える手立て“には

限界があること、

生かされているのは

目に見えていることだけではない

ということを

著者は医療の現場でまざまざと

見せつけられているのです。

このように

“目に見えない“「何か」の存在が

あるならば

人の死はただ、その肉体が滅びただけで

「霊魂」は生き続けていると

言えるのです。

まとめます

科学の発展が著しい昨今では

なんでも目に見えるものでないと

それは「無い」ということになるのですが

生命のやり取りがなされている

医療の現場では

その科学的根拠が崩れることが

往々にしてあることに

著者は着目し

古来から信じられてきた

宗教や霊的現象などの

存在を感受するように

なったのではないかと思います。

これほど、科学が進歩し

医療が万全なものと思っていても

実際はまだまだわからないことが

多かった古来と

なんら変わらないということ、

目に見えないものの存在が

命には作用していることを

多くの科学者たちが認めざろう得ない

ことを著者は言っているのです。

そして、これらすべてを解明できる日は

こないと考えています。

確かに生命や宇宙の起源の輪郭ですら

確かなことがわからないのですから

やはりすべての解明は難しいと

考えられます。

著者は

人の死は肉体であって人としての

本体である「霊魂」は

生き続け「死なない」と言っています。

そちらの方が現状では辻褄が合います。

やはり、お墓では眠っていないのです。

(たまにはいるかも知れないですね)

人は死なない
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